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本土復帰60周年:奄美の「もう1つの」クリスマス

こんにちは、広小路キッチンマツヤです。

全国的に12/24~12/25の2日間、あるいは天皇誕生日の12/23からの3日間はクリスマスイベントデーとして広く認知されて久しいですが、奄美諸島(正確には奄美群島)の方々にとっては「もう1つの祝日」を12/25に迎えることかもしれません。

奄美群島本土復帰

1953年12月25日に正式返還されて今年で60周年であります。

1945年(昭和20年)9月2日、米軍によって本土から分割され米国民政府の統治下に置かれた。同年9月22日に行われた現地守備隊と米第10軍とで交わされた降伏調印式の際、日本軍守備隊は米軍側が用意した降伏文書に奄美群島が「Northern Ryukyu(北部琉球)」と書かれていることを発見、日本から分割する意図を悟り、鹿児島県所属であることを訴えて調印しなかった。これには米第10軍司令官が譲歩し、鹿児島県奄美群島であることを確認した後に降伏した。

分離直後から始まっていた奄美群島祖国復帰運動は激しさを増し、日本復帰を願う署名が1951年(昭和26年)2月19日より始まり、署名は最終的に14歳以上の住民の99.8%に達し、マハトマ・ガンディーの非暴力運動にならい集落単位または自治体単位でハンガーストライキを行い、小中学生が血判状を提出する事態も発生した。

日本国との平和条約の1952年(昭和27年)4月28日発効によって日本の主権が回復することが決まると、アメリカは基地が少なく復帰運動の激しい奄美群島の統治を諦め、1952年(昭和27年)2月10日にトカラ列島が、残りの奄美群島も1953年(昭和28年)8月8日のダレス声明による権利放棄を受け、12月25日に返還された。クリスマスであったことから、米国政府は「日本へのプレゼント」と皮肉った。

奄美群島本土復帰

Wikipedia『奄美群島の歴史』より。



誠にささやかで恐縮するばかりですが、名古屋は伏見より奄美群島本土復帰60周年をお祝い申し上げます。

これからクリスマスの夜は奄美の黒糖焼酎で乾杯することにしますw
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マツヤ代表鈴木

Author:マツヤ代表鈴木
名古屋市中区(伏見)の地で1962(昭和37)年より創業のレストランです。

「広小路に生まれた名古屋の味」をモットーに、名古屋名物「味噌かつ」やマツヤ名物「厚切り大とんテキ」などをご用意し、豊富なアルコールと多数の一品料理で居酒屋としてもお使いいただけます。

伏見で働く方々の止まり木として、憩いの場として、そして接待の場としてご愛顧いただいております。

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名古屋市中区錦1-20-25
広小路YMDビル

TEL:052-201-2082
(年末年始を除く)無休

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